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12月, 2008の投稿を表示しています

ハロルド・ピンター

ハロルド・ピンター氏が亡くなった。 劇作家としての輝かしい作品へ多くの人が賞賛を贈った。一部の人は、ピンターの芸術作品と言論人としての発言を切り離して考えようとしていた。「生活と社会の真実を捉える」義務感からの発言は、同じ意欲で作られた芸術作品と同じ質のものだと、彼らは思わなかったようだ。物議を醸した発言は権力に対して発せられた。ごく正当な批判だった。 そのピンターは「何も起こりはしなかった」と繰り返す。アメリカが中東・中米侵略をしても、世界はその事実から目をそらしている。完全な記録があるのに、誰もそれを話題にしない。事実が都合の良いように取り上げられる。目の前で起こっていることが無かったことになってしまう。南京大虐殺の事実も同様だ。 原作は読んでいないが、「金襴緞子の帯締めながら」という別役実の劇作品を観た。殺人事件が起こりながら、殺されたはずの当人がひょっこり出てきて、殺人事件が有ったか無かったか分からなくなり、別件の泥棒話に話題がすり替わる。確かにそこでは、結婚式も殺人事件も泥棒話も疑わしい。何かが起ったが、起こらなかったことになってしまう不条理な過程が描かれている。 「無かった」ことが「有った」ことにすり替えられる事態もある。疋田桂一郎記者の「ある事件記者の間違い」という報告を読んだ。殺人事件がでっちあげられ、拡大される過程を報告している。死亡事件が警察によって殺人事件にすり替えられ、報道がそのメガホンをとり、司法が冤罪に近い判決をしてしまった過程の検証記事である。現在も冤罪はなくならない。 ピンターは2005年のノーベル賞作家でもあるが、彼の遅すぎる受賞の記念講演を、イギリスBBC放送は報道しなかったらしい。「無かった」ことにしたのだろうか。さすがにピンター死去は繰り返し報道している。彼の生まで無かったことにはできなかったようだ。

お客さんの劇場

演劇の楽しみのひとつは、終演後の、お客さんと役者の挨拶にあるといってもよい。大きな劇場ではそれも難しいが、小さい劇場で、観客がほとんど身内である場合、つまり出演者の知り合いである場合ほど、この楽しみを享受できる機会はない。舞台を終えた役者を待つお客さんは不思議と目を輝かせている。 ロビーや屋外、または楽屋口に、役者が挨拶をしにやってくる。役者とお客さんの目と目があう。にっこりほほえみ合う。優しいことばが飛び交う空間にいて、無条件に不機嫌に陥る人は多くはいまい。微笑ましい光景だ。しかも、こんな場合、仮に大騒ぎをしても、みんな善良だ。暴力的なもののカケラもない。 劇場が社交的な場であることはよく知られていることで、不思議と心が穏やかになるのか。たとえ芸能人が劇場でお客さんとして来ていたとしても、混乱はおきるものでない。たまには握手をすることがあっても、サインねだりやキャーキャー騒いだりして、暴徒化することはない。 公演の質や、入場料金の高さ、観劇者が限定されることなど、多くの問題を抱えながらも、やはり演劇は魅力的で、劇場は友好的な場所であるに違いない。オペラ座の怪人が出てくるにしても、チェチェン紛争でのモスクワの劇場占拠がおきたとしても。 あるジャーナリストを劇場で見かけたことがある。テレビの討論番組の司会でいつもしかめ面をしているその人は、劇場では優しい顔を絶やすことはなかった。故筑紫哲也氏もふだんの優しい顔を何倍にも柔らかくしていた。 おそらくお客さんは、公演を楽しみに来て、惜しみない拍手をする構えで劇場に来る。文化的な空間とは、そんな人間の姿勢と関係がある。お客さんの受け入れ態勢が芝居を成功に導くといってもよいだろうか。終演時の拍手にもそれが表れている。役者とお客さんの対面という付加価値も加わって、劇場は今日も温かい雰囲気に包まれている。

ブッシュに靴

イラク人記者がブッシュ大統領に靴を投げつけたという事件が世界をかけめぐった。「靴を投げる」というアラブ社会最大の侮辱行為が問題になった。大統領退任間近に、因縁のイラクに電撃訪問という前ふりがあったわけだが、その最後の機会に靴を投げられたわけだ。ブッシュ大統領は退任を控えて郷愁ともとれる発言を連発していた。いい思い出となったであろうか。 ブッシュ大統領は投げられた靴をうまくかわした。多くの人がその敏捷さに驚いた。記者からの質問に逃げるのは慣れているので、靴をかわすのは得意だとジョークを言っていたそうだが。 反応もおもしろい。アラブ圏では記者を英雄扱いする声が多くあったらしい。ブッシュ大統領を「悪魔」と呼んだチャベス・ベネズエラ大統領は、にやにやしながら事件映像を見ていた。靴を高値で買い取りたいという人が出てきたり、娘を嫁にやりたいなどという人も出たり。アメリカの反戦団体はホワイトハウスの前に古靴を並べて、イラク人記者の支持をした。ブッシュ大統領をめぐる問題の根は、かなり深く、かなり広い。 靴投げがネットゲームにもなった。さっそく挑戦してみた。ブッシュ大統領の無邪気な顔が、もぐらたたきの要領で見え隠れするのを的にして、靴を投げる。靴があたったときの彼の苦痛の表情がおもしろい。ちなみにゲーム制作者はイギリス人だそうである。 イラク人記者は捕まって、法廷で裁かれている。大統領暗殺未遂で有罪になる恐れもある。謝罪・反省はしているようだ。ブッシュ大統領がユーモアでその場を切り抜けるという機転をきかしたのだから、法廷や社会は、深刻ぶってモラルや暗殺の問題にしない寛容さが必要とも思える。 と同時に、以前ブッシュ大統領が投げたのは靴ではなく、爆弾であったこと、それをうまくかわすのはイラク国民にできるはずがないということも考えておかねばなるまい。

続けること

家の中で失くしていた物に、ある日、再会する。題名を思い出せない曲が、何かの拍子に口をついて出てくることもある。逆に、メロディは口ずさめるのだが、どんなに頭をひねっても題名が出てこないことだってある。「何かの拍子」というのはどんな拍子なんだろうか。 近頃は全然やらないが、野球の長打を放つ時も、スカッと抜けるような感覚が忘れられない。サッカーでもボールが足の芯に当たると、思いもよらぬ弾道を描く。まぐれではなく、芯を捕らえた瞬間とでもいおうか。「ひらめき」に触れるのも「芯」を捕らえることと解釈しよう。 マキノ雅弘は「だれる時間」も映画には必要だという。おもしろいように数式を解くためには、どれだけの計算を消費することやら。スキーを1日滑って、たった1度リズムをつかむことができ、モーグル選手のようにコブ斜面を爽やかに滑り降りた瞬間ほどうれしいものはない。 友人が、体調が悪いとこぼした。仕事のストレスから来ていることは明らかだ。しかし仕事を辞めるわけにはいかない。だましだまし続けるのだが、体の調子が悪い時は、気分的にも盛り上がらないものだ。誰にでもスランプがある。いつかは「スカっ」とした快進撃ができるはず、そう思いながら毎日を過ごす様子が伝わってきた。 何の変哲もない日常的な行為をし続ける。どんなに高い玉座にのぼっても、尻の上に座らなければいけない、といったのはモンテーニュだが、「何かの拍子」を見出すにはずっと待っているわけにはいくまい。排便も食事も睡眠もしなければいけない。学校や仕事に行くことも必要だし、家の埃や着用した衣服を放ってはおけない。 80歳を過ぎてノーベル賞をもらう人もいる。賞の権威のことは置いておくにしても、何かをやり続けることで得られるものがある。年輩になってから売れっ子になった俳優は、無駄に時間を過ごしてきたわけではない。

師走のフクロウ

12月を「師走」というのは承知の通りだが、お坊さんや先生が忙しくなるという由来をもっているらしい。知識としては知っていても、毎年そんな慌ただしさを感じていたかは疑わしい。 師走に入った途端、周囲の動きも活発になり、お役所・会社の発表も盛んになり、世の中全体が動き出した気がするのは錯覚か。年末に近づけば近づくほど、忘年会やら大掃除やら年賀状やらで、慌ただしくなる。友人と会ったり話したりする機会が多いのは、世の中が動き出しているためか。家の中より、外出したほうが人と会えるという単純なこと。みんな歩きだしたらしい。 思えば、紅葉らしい紅葉をまったく見ないで秋を過ごしてしまった。落着いて外出するには、逆に時間がありすぎて、ほとんど散歩をしなかった。師走に入り、なぜか、徘徊する気分が高まっている。 レチフ・ド・ラ・ブルトンヌという仏文学のマイナーな作家がいた。ある作品は、たしか、主人公の男が夜になると肩にふくろうを乗せてパリの街を徘徊し、そこで起こった出来事を伝えるといった内容だったと記憶している。フクロウとともにパリの闇夜を徘徊して観察するといったイメージが強烈に印象に残っている。 Gムーアというギタリストは「パリの散歩道」という作品を残した。感情過多でくどい気もするが、美しく、そこで奏でられるパリはまさしく秋を感じさせた。パリで散歩したことのない者に、パリを感じさせる音楽というものは、いったいどんな怪物なのだという驚きもある。 あてどない散歩でも、目的をもった散歩でもいい。この師走の時期に、そんな悠長な精神で徘徊を試みてみたくなった。歩いてみたい道はいくつかある。東京の散歩道だ。楽曲にはできないけど、何らかの記憶装置を残しておきたい気もする。師走であるからこそ、思いがけないものが散歩道で見つかるかもしれない。さすがに肩にフクロウを乗せはしないが…