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4月, 2007の投稿を表示しています

戦いのマニフェスト

今日はワークショップをやった。
シアターゲームとエチュードを中心に。
有意義な一日だった。

ワークショップを開くとき、必ず気にかけるのは、集まった俳優はその場にうちとけられるかということ。というのは、ぼくはそういった場に溶け込むことが苦手だから。ほぐすために、シアターゲームを使っているのだが、一番うちとけていないのは、気負いすぎのぼくかもしれない。
そしていつも不安になるのは、俳優はぼくを信頼してくれているかということ。おどおどしているわけではないが、内心大きな不安をかかえてはいる。博打をうつような大胆さをもって進行しなければ俳優が不安になるので、そこは開き直ってなんの迷いもなく行動することにしている。

つねに、そんな不安と戦いながらやっているから、稽古のあとの食事や乾杯が楽しいのだろうか?
俳優としてやっていたときも、演技はこれでいいのかという大きな不安を抱えながら、やるしかないと踏み切ってしまえば、あとは開放感が待っていてくれる。
大雨の日のメッセンジャーの仕事も、終了後の安心と達成感と苦労とで、なにげに同僚たちの雰囲気は高揚している。

そうか!つねに大きく強いものと戦えばいいのか!
自分をネガティヴにさせるような蜘蛛の巣をふり払う努力をすればいいのか!
戦えば戦うだけ、その見返りは大きいのだろう。
逆にいえば、戦うものをなくしているときほど、惨めな状態はないのか?


「多くの演技者が感ずる気おくれやはにかみは、害があるどころか、かえって有益なものであり、必要でさえもあるくらいである。・・・こうした不安感を使いこなし、みずからを役の高さにまで高めなければならない。このような恐怖やはにかみを利用することができてこそはじめて真の職業俳優になれるのだ」 (L.ジュヴェ)


その障害が自分の内心にあるのであれ、肉体にあるのであれ、外部にあるのであれ、乗り越えようと戦うことが大事だ。安易な結着をつけるのでなく、負けてもいいからぶつかっていく。ぶちあたって初めて相手を知ることができるのだ。相手を変えることができるのだ。

武満徹はどもりのマニフェストと称して、どもりを称揚している。


「どもりはあともどりではない。それは前進だ。どもりは、医学的には一種の機能障害に属そうが、ぼくの形而上学では、それは革命の歌だ。どもりは行動によって充足する。その表現は、たえず全身的になされる。少し…

壊し続けて

思い起こせば、ぼくはいろいろなものを壊してきた。

まっさきに思い浮かぶのが、ラジカセ。部屋に床置きしていたら、蹴飛ばしてしまいCDのふたが取れてしまった。
音楽をやっていたこともあり、ラジカセは何度も何度も故障しては、新しいものを買い換えていたような気がする。
汚れや、使用頻度の過剰や、寿命もあるのだが、こんなにもラジカセやコンポが故障してしまうのは、自分に電磁波を発する力があって、その電磁波で機械が壊れるのだと本気で信じてしまいそうになるくらいだった。
電気製品はそれこそ何度もダメにした。

小学校時代は教科書をきれいに使うことはできなかったし、靴はすぐ穴があくし、靴下は穴があいてないのを探すほうが難しいくらいだ。
携帯電話も落として壊したし、車に踏まれて粉々になったこともあったっけな。
パンツはすぐひもがゆるくなるし、手袋は必ず片方紛失するし・・・

要するにズボラということか・・・

人間関係は不思議とそれほどの破綻はないと、自分では信じている。おそらく、人間関係に関しては気を使うし、破壊するにも相手と共同で一緒にするものだから、踏みとどまっているのか?
恋愛も、壊す原因はきっとぼくにあるのだろうが、こんな大事なものをみすみす破壊するままにさせないし、きっと、人を物として見ることになってしまったらおしまいなのだろうな。

これだけ負の要素を抱え込みながらも、あえて自分の正当性を主張するのは気がふれているのか?
ぼくは、それでも、人は壊すことによってまた新たな物を手に入れる可能性を持つ、その未来志向性を尊いものだと思いたい。
舞台セットも大いなる無駄なのかもしれないが、作っては壊す。
計画というものは自分の外に出て、人々の間にさらされた時点で、もう壊される運命を背負っているのだ。
そもそも、弁証法的な過程がない思想なり計画はその名に値しない。

スタニフラフスキーは自分の経験から引き出してきたそれまでの演劇術を、晩年ではすっかり捨て去って、進化をとげていたというではないか?
バッハのゴールドベルク組曲も、アリアに戻るためにどれだけ紆余曲折し、変化していったことか!

壊すということは新しくなるための、生命の分岐点なのだ。

正当化しすぎであろうか?
そして、これは比喩だ、暴力や戦争の肯定でない、などと注釈をいれなければならないのがわずらわしいのだが・・・

ロミオとジュリエット(その3)

引き続きロミオとジュリエットを読む。

マーキュシオの謎のことばは、ひとりの人間が突然思いもよらないかたちで被害をうけ、その原因が憎むべき敵と親友の両方にあるのだから、彼が死に際に恨み節を吐露する気持ちはよく分かる。
しかし、彼すらが、両家の敵対する状況の最先端にたって、喧嘩をひき起こしていたのだから、この捨て台詞にこめられていた恨み節は、結果的に彼の超越的な態度の限界、彼のユーモアの限界を示していたこととなる。
もしくは、剣の一突きによって真実にめざめたとでもいうべきか?
彼の「両家ともくたばってしまうがいい」という言葉は、確かにそのとおりなのだが、自分で引き起こした戦いの結末としては、感情的になりすぎている。そして、いくぶん虚無的だ。

マーキュシオが死ぬ前までの場面は、主要な3人、ティボルトの名誉を守るための闘争を選ぶか、マーキュシオの虚無的な皮肉を選ぶか、ロミオの無力な友愛を選ぶか、その葛藤が激しく噴出している場面だ。そして、前者ふたりは憎しみとエゴイズムが生み出す破局的な状況の枠内の行動で、ロミオはその狭い領域からの越境をはかった行動といえる。
ロミオが手を握り合おうと友愛を呼びかけたことは、愛のエゴイズムのために臆病になってしまったと理解するのがよいのか?それとも、ロミオこそが愛のために真実をつかんだと理解するのがいいのか?

激しく敵対し、泥沼になった戦争状態は、考えるまでもなく現代世界の状態でもある。それが当たり前であるかのように、現実的という名の麻痺が蔓延している。
ロミオの高邁な思想は、親友であるマーキュシオの死により、自分自身の手で打ち砕いてしまう。直前に寛大なことばを吹聴した者とは考えられないほど、憤怒と衝動にかられて自分自身を否定する。

ロミオの悲劇はここにある。
そして、人間の高邁な愛が敗北するのは、ロミオとジュリエットが死なざるを得なかった状況だけでなく、ロミオが自分自身をあやめたところにもある。

結局、暴力をふるわなかったり、待ち続けた者だけが、寛大な行為をしているといえるのか?
そうした意味で、ジュリエットですらが急ぎすぎていたわけで、沸騰する青春の悲劇はその熱さに原因があるのかという、いささか絶望的な結論をしてしまうことにもなる。
悲劇をもたない人生など意味がない、などと慰めてはみても、やはりこれだけの人数が数日のうちに死んでしまう状…

ロミオとジュリエット(その2)

ロミオとジュリエットを読んでいる。

マーキュシオの死際の台詞は、謎のような意味を持っている。
ティボルトとマーキュシオが戦っているところに、ロミオが間に入り、戦いをやめさせようとする。マーキュシオを押さえたのだが、その隙にティボルトがマーキュシオを剣で刺す。マーキュシオは、「両家とも滅びるがよい」と捨て台詞を残し、卑怯なティボルト、死の原因となったロミオを呪うかのように死ぬ。
彼の死を契機として、ロミオはその青春から転落していく。両家は全面戦争に突入していくことだろう。

もちろんマーキュシオはロミオと同じ側に属していて、中立の立場にいたわけではないので、ティボルトを大いに恨むことはあっても、ロミオの過失を過度に恨むことはありえない。卑怯こそ憎むべきものであって、判断ミスの過失を責め立てて死んでいくのは、彼の批判的知性やユーモアにはふさわしくない。

だからこそ、謎なのだ。

マーキュシオの死際の絶望的なつぶやきは、予言的な含みも持っている。たしかに、このあと両家はこの戦いに参加した主要な3人をあいついで失っている。
また、ふたつの家の間に共通して、ティボルトとロミオに共通するもの、すなわち熱狂、その間に入り熱狂を馬鹿らしいものとして死をもって示したのだろうか?


ロミオとジュリエット
ロミオとジュリエット(その3)

微笑みは幸福となって

おおよそ、この社会に生きていて、絶対の孤絶というものはありえないのだが、仮に無人島などに生き、ほかの人間に少しの意識も払わない状況があるとすれば、その状況では寂しさとか、わずらいなどがあまりないであろう。自分の部屋にこもって一日を過ごす延長だろう。

人の世に生き、なにかと協力せずには生きられない環境の場合、周囲の発する、そして自分の発する、伝染力はすさまじいものだと感じる。

自分が少々不機嫌であったりしたら、とたんに周囲はぼくを警戒する。機嫌取りをする人なんて底意があるか、同情してくれる人に限られる。不機嫌は伝染するものなので、周囲はそれを防御しなければならない。しかし防ぎきれず、無視することもできなくなったとき、不機嫌の菌はあっというまに周囲にひろがる。小集団のなかでそれがおこると致命的である。あとはその集団の中で、意地悪い食いちぎりあいが始まる。不機嫌は放置しておけば最悪にいきつく。

反対に、自分が幸せそうな顔をしていたら、周囲はぼくを温かく見守るか、好意的に接してくれる。不機嫌の場合と反対に、周囲も幸せそうな態度でもってこちらと接点を持ちたがる。それが機会となって周囲の雰囲気にも、そんな幸福を共有するかのような、親切で思いやりもあり、柔らかな温かい態度が蔓延する。幸福の菌は不機嫌の菌を包み込んでしまう。


「幸福は伝染するものだ。もし幸福になろうと思うなら、幸福な人々のなかで生きたまえ」 (スタンダール)


わたしたちは、自分が人にどんな印象を与え、それがどんなにその人の印象判断に重く影響を与えているかは無頓着だ。
恋をしていたり、大切な人や、重要な商談の前では、誰しもそんなに自分に無頓着にはなれまい。たえず相手の立場を気遣うものであろう。自分が与えるものに敏感に反省をめぐらせるのはそんなときかもしれない。


「人間の状態というものは、不屈の楽観主義を規則中の規則としてみずからにあたえるのでなければ、たちまちもっとも暗い悲観主義が真実なものとなる」 (アラン)


つねに幸福であろうと努めること。幸せを与えていることにだけ無頓着であること。微笑んで、こわばりを解きほぐすこと。

一週間前に、下りのエスカレーターを必死で上り続けようとしながら、なかなか進まないで格闘していた中年女性がいたが、あれこそ幸せを必死でつかもうとシジュフォスのような努力をしていた好例かもしれぬ。幸…

今宵はライヴで!

今日は、友人のライヴに行ってきた。

電車で向かい、帰るときもそうだったが、電車に飛び込んだとか、線路内に人が立ち入ったとかで、電車が遅れた。
周囲の人の話をちらと聞いたら、このごろ頻繁にそういうことが起こるらしい。
そんな季節になったのか。
少し前だが、歩道を歩く歩行者が、ふらふらと、周りを見ないで方向転換したり、急に立ち止まってみたりと、ずいぶん自由気ままな行動をとり始めたと感じた日があったが、その延長なのだろうか?
それとも何か思いつめてか?

さて、そのライブだが、レストランで開かれて、なかなか楽しい雰囲気で聞けた。
リーダーの人がおもしろい人というか、音楽に真摯に向き合いながら、楽しくバンドを導いて、グルーヴを作り上げていた。
友人の歌姫は女優なのだが、いい歌を聞かせてくれた。少し音程がはずれていたところはご愛嬌で。こういった幅広い活動は続けるのがいいね。

オペラを観ているときもそうだが、今夜はバンドのライヴということで、生演奏を聞けた。生演奏というのは、目の前で演奏している意味だけでなく、そのときの現時点で、音楽をつくりだす生産活動ということだ。
スコアはあっても、グルーヴは書かれていない。そのときどきで協同で生み出すものだからだ。

バンドの演奏を聴いていておもしろかったのは、テンポが速かったり、リズムをとれなかったり、音のバランスがあわなかったりすると、演奏を何度も何度も繰り返して、ぴたりとあてはまるものになるまで、曲を始めないことだ。
いいグルーヴができあがるまでの準備というか、その準備もリズムにのって決して非音楽的なやり直しというわけでない。

演劇をやっていて、集団のアンサンブルを作りだすために、こんなやりかたで、スタートするまでの準備をしてみるとおもしろいかもしれない。
みんなのいきがあってテンポが生まれたときに、おもむろに劇が始まるという・・・
音楽では、音を出すこと、メロディを出すこと、リズム・テンポをあわせるために、演奏を何度もやり直せばいいが、演劇でそれと同じことをしようとすると何をすればいいのか?発声練習じゃあるまい、柔軟体操じゃあるまい、嘘くさい小芝居じゃあるまい。
バレエでも準備から流れるように本番に入っていくのを見たときがある。何気なく手をぷらぷらしたり、しゃがみこんだり、スキップしたり。

どうして演劇がこういった準備をしなくていい…

神話として読まないこと

創作物とそのひとの人生というのは、離しがたいものである。

トリュフォーの映画に自伝的要素があるのを見つけた人は、それこそ揚げ足でも取るかのように、幼少時代の家庭環境を調べ上げる。
夏目漱石の小説に頻繁に登場する占い師も、漱石の日記をほじくりだしても、その関係を見つけ出そうとする人がいる。
小津安二郎がマザコンだとか、溝口健二が警察に恐れていたとか、ベートーヴェンの耳は本当は聞こえていたとか・・・

程度の問題ではあるが、そういった伝記的要素の掘り起こしはもちろん興味あるし、研究には欠かせないものなのかもしれない。いい作品に触れると、その作者をまるごと好きになってしまうのは誰にでも考えられることだ。

しかし、事を演劇を創作する立場において考えてみると、そういった神話、スタンプ的な決まり文句は、役に立つどころか有害にもなりかねない。
たとえば、漱石の松山時代の事実をいくら掘り起こしても、坊ちゃんの世界が豊かに彩れるわけでない。創作物と作者はイコールの関係では結べなく、しかも、漱石のような豊かな作品群を、そのわりには平凡な彼の人生で代弁してしまうことにもなりかねない。
作品には、反転に反転を重ねた、複雑な人間の生活が書かれているのを、事実というだけで真実でない想像で補うと、作品自体が小さくなってしまう。

ではどういう態度で作品に臨めばいいのか?
まずは、作者の伝記的要素を留保して、書かれていることだけを凝視する。作者の表現した表層から特徴的な事物や行動をとりだして、それを単純化した葛藤として考え直す。こぼれ落ちたものはそのままにしておく。無理に論理的である必要はない。そうしてできあがったドラマが、今の自分たちの問題かどうか検討する。自分たちに何の関連もなく、奮い立たせるものがなかったら、その作品と向き合うことはやめる。

というわけで、このテーマはぼくには何のおもしろいテーマでも、語ってみたいテーマでもないことが分かったたため、ここで話を打ち切る。
結局何を言いたかったことやら・・・
こういう失敗もよくあることさ!

粘土と戯れながら・・・

以前フランスに留学していたころ、何を思ったか粘土遊びに凝った時期があった。ことばも話せず、友人も少なく、お金もない、そんななか時間だけはたっぷりと持っていたそのときに、粘土を買ってきていろいろこねくり回して、いっぱしの彫刻家見習いとなったのである。

その時期は、ギリシア彫刻に興味を持っていた時期で、彫刻の写真集を見たり、街角の彫刻を観察したり、街で出会う人々や事物に興味をもっていたのだった。あの美しい彫刻はどのようにして、どんな過程で生まれてきたのか?
そして、自分でも始めたのであった。

ぼくはリヨンに住んでいたのだが、そこでぼくは周囲の視線を感じた。自意識が過剰にあるのは事実だったが、こちらが東洋の人間で、しかも落ち着きのがない。異質なものに興味をもつ目。
あとでわかったのは、フランスの人は決してぼくだけをじろじろ見つめていたのではないこと、東洋人だけを見ていたわけでもない。見慣れている同国人をもじろじろ見つめていたのだ。
フランスはアメリカと同じように、移民の国。さまざまな人種が同居している。、中国人だと頻繁に間違えられるような状況下で、ぼくのことを日本人として見ている人は一握り。
考えようによっては、よほどの挙動不審だったのかもしれない、誰かさんは・・・

こうして、見つめられ、じろじろ観察される不快さを乗り越えるには、自分もじろじろ見つめることをしなければならない、と思い込み、目をひんむいて街で視線の合う人合う人をにらみ返した。
そんな戦いにも疲れ、見つめることを力を抜いてできるようになったとき、それがちょうどギリシアの彫刻に興味をもったときだった。

不思議な魅力。太陽の下、せかせか動き回る人間たち、手をつないでいなくても心で結ばれているような恋人たち、微妙に年輪や特徴を持っている人間の顔・顔・顔。
今まで何を見ていたのだろうか、と自問してしまうほどの発見。
すべてが愛おしくなり、すべてを美しく考えるようになり、美しい容姿の女・男を見ることに快感を覚えるようになった。

美しいものをみるのに、なんのためらいや恥じらいが必要だろうと、厚顔無恥にじろじろ見つめていたのかもしれない。
今思うにそれは視線の暴力。過剰すぎるんだな、はじめは・・・
しかし、本当に愛情を持ったのもたしかだ。

以前から、自分の彫刻に惚れこんで溺愛してしまった、ピグマリオンの神話を知っていたこ…

ロミオとジュリエット

シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』は単純に純愛を描いた作品でない、というのはぼくの持論であるが、そもそもこの話はかなり古くの民話として伝えられていた話というし、多くの作家が手を染めてきた題材らしい。
『お夏清十郎』も、語り継がれてきた話で、少なくとも、有名なものでは、井原西鶴、近松門左衛門、坪内逍遥、真山青果などが作品化している。
『お夏清十郎』に関しても、ただの純愛ではない。

そもそも単なる純愛という言い方は、適当な言い回しなのだろうか?

『ロミオとジュリエット』に話を戻すと、ふたりの若者の間に横たわるのは、激しくいがみあい、格闘しあうふたつの家の対立である。両家の溝は、長い間にわたって培われ、増殖され、鋭利なものとなっていく。
作品の冒頭が、血のイメージとその犠牲を語る序詞役の登場で始まり、それに続くのが武装した男たち。そして喧嘩がはじまる。

イスラエルとパレスチナ、などと現代におきかえて考えるまでもなく、一触即発の事態なのだ。この危険地帯に愛が芽生えるのだから、人間の生命力はおもしろい。断崖にきれいな花が咲くように・・・
刃物の飛び交う世界に、手ぶらで愛を語るものがいれば、その行為だけで立派な抗議行動になる。
ロミオとジュリエットは、憎しみの生み出す泥沼の対立に、否定の行為を示した。ふたりがどんなに若くても、恋をはぐくむ年頃だ、自分たちを取り囲む環境がどういうものかも分かっているし、ふたりの恋が実ったらどういう影響を与えるかも分かっている。

日本でも、戦争中、恋だの文学だの映画だの絵画だのにうつつをぬかしている人間を、軟弱者だとあざけったではないか?実利だけが重んじられる時勢に、意味のないように思われる恋の小説を耽読する勇気をもったなら、それは無邪気に行った行為だとは言えまい。

自分を取り囲む世界に異を唱える。しかも、素手でもって、暴力もせず、協同で。感受性が鈍らされていない若者、もしくは、人間や社会に対して無知であるがゆえに思い切った行動をとれる若者、そして、貧しい所有ではあるが初体験の機会に豊富に恵まれている若者が、世界に待ったをかける。
世界はたえず更新されなければ腐敗する。
そして、年齢にかかわらず、若い者が、若い心を持ったものが、恋を持った者が、思い切った行動を起こせるのではないかと期待する。

『ロミオとジュリエット』はそんな可能性を感じさせ…

移民の歌

ここ数日、悲しい、重大なニュースが日本・世界をめぐっている。
今日は、アメリカで起こった、韓国人留学生の引き起こした射殺事件から思ったことを語りたい。

ここ最近、ぼくはアメリカづいている。というのも、舞台を観たという観点なんだけどね。リンカーンに関してと、今日観て来たプッチーニの『西部の娘』のふたつ。
いうまでもなくリンカーンは射殺された。また、リンカーンは新しい土地をめざして移動したい誘惑はかなりあったらしい。それをおさえて政治家になったようだ。
『西部の娘』の舞台の演出家の見出したテーマは移住者の心の悲しみ。移民の国としてのアメリカ。このオペラのなかでも、保安官が銃で恋敵を撃つか撃たないかということが劇的なクライマックスとなっている。で、結局は撃たなかった。

銃で撃つこと、撃たないことを隔てる壁はなんなのであろうか?そしてまた、移民の国アメリカにつきまとう銃のイメージはなんなのであろうか?

今回の韓国人留学生の事件は、国籍を問題とすることは意味がない。個人の人間に問題点があるのは当然だが、アメリカで起こった事件、しかも移住者の起こした事件という観点が、ぼくにはひっかかるところがある。まあ、いまさら何々系移民だから、どこからきたからといって、それを問題視するのも古くさいだろうし、移民という市民権は当然得ている。
アメリカのように資本主義と民主主義が高度に発達している国で、武器による威嚇・権力が当然視されている矛盾は、どのように説明できるのであろうか?市民レベルに銃口が見え隠れし、国家レベルではあからさまに銃で威嚇することは、アメリカという国家の成り立ちと関係しているのではないか?そして、移民という概念が重要になっているのではないか?

単なるこじつけか、偶然なのかわからないが、移民、銃というふたつのキーワードがアメリカという国を考えるときに、表層に浮かび上がってくる今日この頃である。

西部の娘

新国立オペラのプッチーニの作品。
オペラのことを語るには、年季が足りないが、見たまま、聴いたまま、感じたままを綴る。

オペラを観ていつも感じるのは、自分が客席にいて、音楽の豊穣な波に飲み込まれて、さまざまなことを想像していることだ。それは、そのオペラの内容にかかわることでなくてもいっこう構わない。内容から連想されること、見えて聞こえることから導き出されること。想像力が翼を生やし、音に包み込まれて、夢を見ている、という言い方は陳腐なものか?しかし、そういう表現があてはまるような状態にあることは確かだ。
現代演劇を観劇するときに迷惑する、周囲の騒々しさも、音に飲み込まれる。

まあ、オペラについて語る必要はあるまい。この上演について思ったことをひとつふたつ。

まず、演出家のホモキが持ち出したテーマ、移住者の心、祖国を失った者のテーマは、パンフレットを読むまでもなく、理解でき、また常にそこを底辺とした物語になっていて、しかも明確に描き出されていた点は感心する。終始一貫、根無し草的な人間が、ある仕事、ある事情で集うこと。移住の国。放浪が大いに許容される国。終幕に合唱で「もうあのふたりは戻って来ない」というところでは、テーマの対するひとつの回答が提出されていた。
この、テーマに基づき、その文法で物語を語るという、演出家の手法は、常套であり、また正統でもあるのだが、この上演のように、単純明快に提出されている事例に出会うことは、あまり多いとはいえない。今回の上演がまるで底の浅いものと勘違いしてしまうくらいだ。

ただし、ダンボールの舞台装置、なにが詰まっているのか最後まで分からなかったカートの荷物、多国籍を説明しすぎて無国籍になった衣装は、まったくの失敗だとぼくは思う。
物語の主題を抽出するときのホモキは、明快で思い切っているのだが、それを視覚で語るときの手法は説明過多であり、本質の抽出は見当たらなかった。舞台装置、小道具、衣装のなにかひとつのものが、移民の悲しみを語るものとして特権化してはじめて、舞台上に存在できるものなのに・・・字幕によって、ああ、あの場面は酒場だったのね、ああ、原本ではドアがあったのねとわかるようでは、興ざめしてしまう。

オペラの独壇場なのが、音楽の言語でドラマを語ること。これを見たいがために、ここに感激したいがために、オペラがあるのではないか?ぼくは現代演劇…

見ることを学ぶこと

わやしたちは見たこと、聞いたことすべてを憶えていることはできない。忘れる度合いが小さいか大きいかによって、記憶力や観察力があるかないか判断される。まあ、情報量は莫大、というより無限大だし、人間は自分に関係するものを功利的に収集するものだから、忘れたものを惜しむことより、はっきりと、これは見た、これは聞いたというものを問題とするのがよい。

見たものをただ見たままに述べることも難しい。多かれ少なかれ、見たことを自分のなかで論理的に整理し、また、語法的な整理、対心理的な説明、記憶の薄いところは脚色もまじり、結局は、発話者の視線、意見といった取り扱いとなる。
また、見たことをことばで説明する以上、言語活動となり、そこには、ことばの意味と、実際の対象となる事物の溝はどのようにしてもうめきれない。
で、そんなことを問題にしていると、これはもう言語哲学の問題となり、見ることという行動的な問題でなくなってしまうので、これ以上は深入りしない。

言いたかったことを、こんな遠回りしながら言う必要はないんじゃないか?

要は、世界の見方、ものの見方は、たえず学び直す必要があるということ。
自分はまだ世界をほとんど発見できていないことを知り、つねに新たに見直す必要があるということ。見直すからには、同じ視点・視角からでなく、さまざまな位置から見直さなければ意味はない。
そして、いったん自分のみたものも、あるひとつの見方であり、それはそれで尊重すべきだけれど、同じように複数の見方も尊重しなければいけない。

人それぞれに道理がある。
同じく、ひとそれぞれに見方・考え方がある。
そして、考えてみれば、自分自身のなかにもそれぞれの見方があるべきなのだ。

いろんな角度から物事を検討しろと、人はいう。複数の人物が集まれば、それは可能だが、人間ひとりのなかに複眼の思考をもつのは、絶望的に難しい。
ひらりひらりと立場をかえてみても、思考するのは自分ひとり。
ビルの7階から見た景色と8階からの景色の違いを鮮やかに知覚できる人がいようか?
そして、7階にいるということは、見たことではなくて、情報として知っていたこと。そこから判断を導き出すのがおちじゃないか?

が、しかし。
立ち止まっていても仕方ない。
見ることを徹底的に学びなおさなければ。

そして、たとえば、男であるぼくに女の見方はできないことを絶望するのでなく…

真剣に・・・

今日は一日雨だった。
雨というと思い出すのが、小学校時代。下校する道の途中に側溝が続いていて、雨の日になると雨水がそこを勢いよく流れていく。ぼくはそこに草舟を浮かべ、友達と一緒のときは、草舟の競争をしたものだ。側溝を流れる草舟をずっと見逃さないように、追い続け、下校のたのしみとしたものだ。

小学校時代といえば、ぼくは靴の扱いが悪く、すぐ親指のところから穴があいてしまう。今考えてみれば、登校・下校のときに石けりをしてばっかりいた。石を直接けるというより、アスファルトごと蹴っていたのだから穴はあくものだな。

なにも、回想にふけって、センチメンタルになっているのではない。

今現在のぼくなら、帰宅のときに、子供のように熱中した遊びをしながら帰るということは、考えられない。そりゃあ、物思いにふけりながら歩くことはよくある。しかし考え事に没頭してしまうことはない。なぜだろう?

真剣さ。遊びに対する真剣さ。飽きることなく次から次へと遊んでいく。知らない遊びはしない。自分の知っていること、自分の支配できることを、十分な真剣さでもって行う。つねに行う。

いまさら子どもに戻れといわれても面食らうだけだが、遊びにたいする真剣さは取り戻したいと思う。それが、見せかけや虚栄でなく、本当に、ささいなことに没頭していたい。

これは五月病の兆候か?

ヌーヴェル・ヴァーグ

時期はずれなのかもしれないが、フランソワ・トリュフォーへのインタビューを集めた本を読んでいる。トリュフォーが批評家だった時代や、初期の作品の時代のところを読んでいるからか、彼らヌーヴェル・ヴァーグの若者たちが、どのようにして映画を選別し、良い映画を熱烈に擁護し、自分の作品に反映させていったのか、興味が尽きることはない。

映画を一番勉強させてくれる場所はスクリーンであること。
トリュフォーは助監督の経験をしていない。助監督が模倣するのは古典作品でなく、自分がついた監督のやりかたであるといっている。受け継がれるのは、スタイルの伝統であって、作品の本質的なことでない。
まあ、もちろん、トリュフォーは徒弟修業を否定するわけではない。
スクリーンで映画を見て鍛える修業を抜きにしては、新しい映画は作れないという、政治的な立場の表明にすぎない。

映画づくりが産業化し、アマチュアが映画づくりをやめてしまったことが決定的なことになってしまった。専門化と分業化そして産業化が、巨大企業をつくり、映画は個人のレベルから大集団の共同責任のレベルに達してしまったかのようだ。莫大な制作費はふくれあがるばかりだ。

そんなに金を使わなくてもいい映画を作れるよ。というのがヌーヴェル・ヴァーグのひとつの主張でもあった。スターを使わないこと、スタジオを離れてロケーションを多用することのふたつ。


「つまり、新しい映画の本質的努力は、映画産業からいかに身を解き放つか、ということにあった・・・わたしたちは、自由に仕事をするためにはすべてを単純化しなければならない。単純な主題をもつ貧しい映画をつくらなければならない・・・つまり度重なる拒絶ということ。エキストラの拒絶、芝居じみた筋書きの拒絶、おおげさな舞台装置の拒絶、説明的なシーンの拒絶」 (トリュフォー)

今日は、すべて引用に終始した。
いい勉強になり、いろんなことをわかりかけている。
あとは自分自身のことばで自分にいいきかせるだけだ。

イリノイのリンカン

この朗読劇はリンカンの生涯を綴ったもので、ぼくの大学時代の恩師、荒井良雄先生がR.E.シャーウッドの劇を再構成し、翻訳した郡読劇である。登場人物を絞り込み、リンカンが大統領に就任するまでの苦闘を描いている。焦点は、リンカンが愛し、また愛された、恋人や協力者との葛藤や、自分や協力者の問題と政治的な使命感の間の揺れ動きにある。

ぼくは朗読劇に懐疑的ではあるのだが、そのことは置いておくにしても、テキストとにらめっこしながら朗誦する俳優の姿をみるにつけ、もっと違った上演方法はないのか、どうしてそこで急に声をはりあげるのか、中途半端に顔をしかめるのはなんなのか、といった細かくはあるが、重大な疑問を抱え込んでしまった。

台本を媒介にして、朗読を聞かせる劇とはいえ、そこには作家の言いたい真実や詩があるはず。そこにどっかり腰をすえて、その詩から出発し、俳優を仲立ちにし、観客はその詩に到達する。
俳優が詩人の仕事を邪魔だてし、そこに技術的な抑揚や、よそもののような安易な感情や、陳腐な芝居ごとを持ち込んだりしたら、印象に残るものは、俳優の技芸だけでではないか?
それならいっそ、棒読みでも、椅子に座ったままでも、作品の世界を単純に読み上げるほうが、伝わるものが多いのではないか?

中途半端が一番いけない。
舞台として、登場人物が立って向かい合うからには、その役同士になにかしらの交流・火花があるものを期待する。現実ではどんな些細な状況でもそれがある。
しかしこの上演は、同じ空間で向かい合いながらも、俳優が個人個人の技量の範囲内で読み上げていた気がする。
隣にいてもひとり。

構成・翻訳がわが恩師であり、出演者に友人もいたのだが、こんなにネガティヴな発言をしてしまう。
ただただ、良い劇をみたい。
良い劇をつくりたい。

原作:R.E.シャーウッド
翻訳・朗読台本:荒井良雄
演出:吉岩正晴


試し続ける人たち

ここ数日、気になって離れない言葉がある。ほんのささいなことばだ


「実験的ということばを私は好かないが、というのは芸術は実験に決まっているからである」 (三谷礼二)


楽譜がそこにあるのは、踏み台としてあるのであって、線路の上を一寸たがわず演奏しなさい、ということではない。
台本という言葉自体、踏み台といった意味にとれるのではないか?
さまざまな博物館のうち、おもしろいものは、そこから何を見出すか?という問題提起を投げかけているものだ。珍奇な物を収集・保存してそれをありがたがらせ、権威をもってひれ伏させる類の博物館では、観覧者の足取りは速い。

つねに試す人であること。新しい物事に遭遇したら、それはどんなに日ごろ見慣れているものであっても、新しい経験にほかならない。
「そんなことしょっちゅうあるよ」といって、態度を常套なものにしてしまっては、新しい物事は、古い、扱い慣れたものになってしまう。
態度の自動機械化。判断のマニュアル化。
夏の夜にわが肌を刺す、あの蚊でさえ、昨日の蚊とは違う。


「(音楽とはなんですか?の問いに)
もしわたしが音楽のなんたるかを知っていれば、音楽に専念することはなかったでしょう。過去、現在を問わず音楽家というのは、その答えを求めてきた人たちのことを指すのですから。その答えを表現する手段を模索する人こそ音楽家です。・・・ともかく作曲家は答える立場の人間ではありません。逆にいつも問いをなげかける人間です」 (武満徹)



演劇をやるにあたって、始めから、その効果と意義とおもしろさが手に取るようにわかり、また、見通しが製図されて配置されているのなら、あえてその作品を上演する意味はない。
近松の戯曲は、歴史と人間の風雪に耐えてきたからこそ、現代にもつながるものがある。確かめるために試練にさらすのもいいかもしれない。

ある意味、遺跡の発掘に似ているかもしれない。
先頭に立って堀り続けること。発見すること。汚れを丹念に落とすこと。手にしたものを吟味すること。歴史的な文脈と手にしたものの観察から、仮説をたてること。そしてまた明日に掘り続けること。
博物館に入れることや、メディアに発表するのは、別な人間がやることだ。それこそ、偉大な分業制ではないか?


音、沈黙と測りあえるほどに(1)
音、沈黙と測りあえるほどに(2)
戦いのマニフェスト

恋のエチュード

恋に関する寄せ集め


「恋が専制君主として心を支配するのでなければ、すべてが恋のために犠牲にされるのでなければ、それは恋ではない」 (スタンダール)


恋をする人間は、仕事も遊びもそっちのけで、つねに恋のことを考えているらしい。そして、同じ考え、同じところを堂々巡りするらしい。それはひとつの輪舞かもしれぬ。


「恋から逃れようとするものこそ、真に恋するひとである。しかし、詩人がうたっているように、かれはキューピットの矢を胸につきさしたまま、逃げているのである」 (アラン)


ふむふむ。それでそれで?


「ドールン:なんてみんな神経質なんだ!なんて神経質なんだ!それにどこもかしこも恋ばかしだ。・・・おお、まどわしの湖よ、だ!」 (チェーホフ)


ぼくがコメントするはなにもない。今は春。生命が生まれ変わろうとしている時期。季節がすべてを説明してくれる。その後ろをくっついて歩けばいい。


「役者である前に、人間だ!」 (誰の言葉だ?・・・恋する役者に向かって言ってみたら?)


「最愛の人に。
あなたがいなくても、ぼくが少しでも幸せになれるような手立てを作り出してくれないでしょうか?刻一刻と、あなたに心を奪われていきます。それ以外のもはことごとく、ぼくの口には、もみがらみたいな味がするのです」 (キーツ)


こんなぼくも恋をしたことがある(・・・って過去形かよ?)。そんなとき世界はバラ色でもなんでもなく、まったくの暗黒のように思えた気がする。そこにひとすじの希望が差し込んで、またその糸のような光線にすがって生きていることに、いいようもない幸せを感じたのかもしれない。恋をする人間に幸あれ!

次の詩は、ぼくが熱に浮かされていたときにしたためた恋のエチュードであるらしい。なんでまた、ひっぱりだしてきたのやら・・・


戯言(ざれごと)

やけに落ち着く 外は雨
思いはすぐにあのひとに飛ぶ
今日は何をしているか
そしてわたしは何をすべきか

やさしい顔が目に浮かぶ
あのときこんな話をしたな
あんな相づちうたないで
そっと好きだと言えたはずだが

また繰り返し日が沈む
ためらいでない 待っているのだ
恋がわたしに腕を貸し
不純な汚れを消し終わるまで

音、沈黙と測りあえるほどに (2)

グレン・グールドのピアノ曲を聴き、弾むような、そして一音一音がつぶだってはっきりと聞こえる、あの、スタッカート。グールド自身、人生にスタッカートのようなかかわり方をしていたかのように思えてしまう逸話の数々。
鍵盤から指が離れる間際、そこにあらゆる音楽がつまっているかのように、美しく、澄んだ音が、沈黙へ流れ込む。音が、沈黙があるゆえに自らをふちどり、存在を確立するかのようだ。

都心の喧騒は、公園や住宅地の静寂によって、自分の地位を確認しているのであろうか?
人間の話し声の集積なら、ふとしたときに、予想外の沈黙を生み出すことがある。電車の中で、飛び交う言葉の群れが息抜きをしたときの、あの奇妙なバツの悪さはなんなのであろうか?まるで、突然訪れた沈黙を恥じるように、耳をすまして、音の来訪を待つ。その瞬間、音は時間の流れを断ち切って、空間を切り裂く。
あのやかましい車の音でさえ、信号の切り替わりのときに、深く息を吸い込んだあと、奔流のように音を流し込む。

その一瞬はなんなのであろう?

「芸術は、沈黙に対する人間の抗議ではなかったろうか」(武満徹)

また、同じひとは言う

「音楽は、音か沈黙か、そのどちらかである。私は生きるかぎりにおいて、沈黙に抗議するものとしての<音>を択ぶだろう。
それは強いひとつの音でなければならない」 (武満徹)


なにげなく生活をしているこの世界に音が溢れ、それがわたしたちの意識の下を、あざ笑うかのように素通りするする。失うものの量は大きい。
かといって、すべての音を偏執狂的に収集したところで、得るものは少ない。
わたしたちがこの世界の音のひとつにでも意識を傾けたとき、世界が理解できた気持ちになるのは、大いなる勘違いとばかり言えようか?

ぼくたち、芸術を志す者は、武満の言うように、強い音を鳴らさなければならない。そして、その強い音の隣には、おしとやかな沈黙が伴侶のように寄り添っている。世界を音として把握するには、そんな夫婦を引き離さずに喜んで迎えなければならない。ああ、それが口でいうぶんには簡単なのだが、実際に考えはじめてみると・・・


音、沈黙と測りあえるほどに(1)
試し続ける人たち
戦いのマニフェスト

音、沈黙と測りあえるほどに (1)

演劇のことを考えていると、非常に図式的ではあるが、照明の光と闇、音楽・音響の音と沈黙、舞台装置の存在と空間といった、二元論的な対比を思いついてしまう。役者としての訓練をしていたころ、そして今も、発声のための呼吸をつきつめて、単純に言うと、吸うこと、吐くことといったふたつの動作に還元することで、手がかりを得ようとしてしまう。

ことばの上で、こういった対比をすることで、意識が研ぎ澄まされた錯覚に陥ってしまう。そしてそんな図式的な考え方は、その場限りで終わる。もともと、製図をするための尺のような思考方法なのだろう。人に物事を説明するときも、こういった、定規でひっぱった論理を使うことに、自分自身納得し、賢くなったと思い込むことを何度も繰り返し、これからも繰り返すことであろう。

かといって、ある現実を考えるときに、その反対となる概念でもって、対比させながら、その現実を明るみにだしていくことは、有害であるとはいえないだろう。少なくともひとつの手がかりにはなる。

さてさて。

都心を駆け回っていると、あふれるばかりの過剰な騒音・雑音に慣らされてしまい、住宅地や裏道に少し入ったときの静寂感に、ときおり、はっと驚くことがある。音があふれかえっている盛り場や交差点などは、かえって音を感じ取れない場所なのか。外観は高ぶった活発さがあっても、じつはそこには、末梢神経の痙攣しかないのかもしれない。そのことを、武満徹は「どうしようもない衰弱」ではないかと言っている。

時間がなくなってきた。また、続きを書こう。
残念ながら、ここで話を打ち切るのも、体言止めのような効果ぐらいはあるだろう。
饒舌の口を休ませてあげるのは、天使のひらめきを生み出すことには役立つであろうから。


音、沈黙と測りあえるほどに(2
試し続ける人たち
戦いのマニフェスト

泳ぎだしたからには・・・

ぼくの大好きな映画、溝口健二の『近松物語』は、おさんと茂兵衛が駆け落ちおすることが、悲劇の発端となるのだが、ふたりの駆け落ちは恋愛から始まったのではない。さまざまな偶然が重なり、ふたりは一緒に京を離れなければならなくなる。不義密通の罪を恐れて、逃げ回るうちに、とうとう二人は本当の罪人になる。最後には胸を張って不義密通を犯す。

ぼくの友人が以前出演した一人芝居、内村直也の『お世辞』。この芝居でも、寄席の欠員で時間に穴が開くからと、無理矢理、演壇に押し出されて、漫談をするはめになる。

ま、単純に、いちど船から飛び込んで、泳ぎだしたからには、泳ぐことを躊躇している暇はない。腕を動かさなければならない。

何の気なしに、はじめたことが仕事となっている人も多いのじゃないかな?

もともとぼくには計画性がない。いや、計画をしても、その計画が不可能なものであったり、計画を遂行しようという気がおこらないんだな。舞台に上がったからには、あんちょこや、シナリオは手元におかない。それを参照するのさえ、恥ずかしいことだと思ってしまう。
成り行きまかせ。いい方向にもっていくのに、力はいらない。力で強引にことを動かすのは野暮だ。いたずらな風が吹いてくればいい。どこからかフルートの音が流れ込んでくればいい。
というよりも、自分に吹く風に便乗する術を身につけなければならない。
その風が、心地よい風であっても、冷たい風であっても、誘惑する風であっても、自分にその風が当たっていることを喜ばなければならない。

ぼくはいま、ある作品の公演をするために、準備し、交渉し、研究し、人と交わっている。うまくいかないことのほうが多いが、そんなつらい風でも「すべてよし」としなければならない。
いったん泳ぎだすと、あとはもう泳ぎ続けるのみ。案外泳ぐのって、楽しいし、すべてがうまくいくような気持ちになってきた。
陳腐な結論だけど、流れるプールで、強い流れに流される自分に快感を覚えたときがあった。自分の腕と足の一漕ぎで、流れのなかでさらに強い推進力を得た。そんなときは神にも似た気持ちになった。

お夏清十郎 (その2)

お夏のことを考えていてふと思った。

彼女の一途な想いの狂乱と、清十郎への供養をかかさず尼さんになったという逸話の間には、矛盾がある。
西鶴は、お夏は心を静めたという記述をしているが、ぼくは、これはふたつの伝説、もしくは言い伝えを、混ぜ合わせたものでないかと考える。
お夏は、ある者には気が狂ったように見え、別な者にはあわれみを催すような悲しみをためこんでいるように見え、また別な者にはいたって穏やかに見えたのかもしれない。
お夏は長生きをするように思えてしかたがない。

西鶴や近松が小説や狂言に書いたとき、その少しはなれた里山に、お夏はひっそりと生きていたのかもしれない。彼女を興味本位で詮索しに来る物好きも、いなかったわけではないだろうが・・・

そういった、伝承についてや、ゴシップについて言いたかったわけでない。

彼女の献身的な愛。浮世男だった清十郎にすべてを委ねてしまったこと。彼女にとって、清十郎はすべてであり、おそらく清十郎と自分の区別がつかなかった。お夏の心の中では、まさしく融合していた。
すべての事件が急展開で連続した。
反省や、熟慮する暇もなく、青春を駆け抜けていったお夏。

「これぞ、恋の新川、舟をつくりて、おもいをのせて、うたかたのあわれなる世や」

そう。あぶくでしかなかったお夏と清十郎。
あわれな世の中だ。


お夏清十郎

お夏清十郎

「むかい通るは清十郎ではないか、笠がよく似た、菅笠が・・・」

お夏は半狂乱になって、けらけら笑いさまよい歩いた。
清十郎が処刑されたことを、巷の子どもたちの小唄で知ったのである。
ときには、自分で音頭をとり、歌うのであった。

シェイクスピアの『リア王』のなかにもあったっけな。
「心が乱れてしまえば、悲しみに浸されることがなく、苦しみは夢想にまぎれてなくなってしまう」(大意)〜グロスターの台詞

カミュはこんな逸話を紹介している。
〜大真面目に、風呂場で釣り糸を投げている狂人に向かって、担当医は気をきかして「釣れますか?」といった。
狂人は「そんなの。釣れるわけないでしょう」といって、相変わらず風呂場で釣りをしていた。

お夏に清十郎は見えたのであろうか?お夏は悲しみつつも、里山を行進したのだろうか?いやいや。
きっとお夏は、清十郎がいないことを知りながら、清十郎をそこに求め続けたのだろう。
ドンキホーテも実は、風車など見えなかったのかもしれない。

そこに何もないことを知りながら、わたしたちはお墓に手をあわせる。

向こう通るは清十郎じゃないか?
清十郎じゃないのだが、きっと清十郎なのだろう。
そこに何のおかしいことがある?


お夏清十郎(その2)

DVDでルノワールの『河』を見た。淡々と話がすすんでいく。
まるでガンジス川のように、何事もなかったかのように、人間たちの出来事が綴られていく。

物語がすすむのではない。そこで起こる事件をうまく、そしてきっちりとつなぎ合わせればおもしろい物語はできあがるのだろうが、ルノワールはそんなことには無頓着だ。
コブラにかまれて死んでしまう少年やその友人について、その運命の予測はできても、われわれにはあまりに示唆的なささやきだけしか聞こえてこない。

恋をしているものたちは、語るのをやめて行動に移る。
3人の女をめぐる、庭でのキスシーンは、そのキスするものたちの描写もリアルなものであるが、残された二人の描写も残酷なほど胸を打つ。

最後に、大尉はいつのまにか物語から遠く離れてしまっていて、それがさも当然のように映像は続いていく。
物語本人すら語るのをやめてしまったかのようだ。

さて、わたしたちは、いつ、おしゃべりをやめて、世界そのものになるのであろうか?
世界そのものである者と、世界を見つめる者。
そして最後に、それを伝達するために世界を語る者。

しかし不条理なことに、どんな人でも、つねに最後にたどりつく前に、おしゃべりをはじめてしまうものらしい。
もっと逆説的なことに、あんなにおしゃべりの好きだったらしいルノワールが、こんなに言葉少なに世界を見せてくれている。

やれやれ、語りたい欲求から長くおしゃべりをしすぎたようだ。
でも、ぼくは何を見た?1時間40分の『河』だけじゃないのか?

別れの唄

2007年4月7日(土)
『別れの唄』
今日、シアタートラムで日仏合同公演をみてきた。平田オリザが4年かけて作り上げたプロジェクトだとかいう。戯曲にも、演出にも、舞台装置にもその形跡が残されていた。

中心になるテーマは異文化のズレ。この枠からはみ出ることなく、物語としては広がりが欠けるのだが、主題となる様々な点、すなわち、葬式をめぐる国籍間の差異、そこに浮き出る誤解、ゆくゆくは理解にいたる過程、普遍的な人間性などが展開されていくことで、物語的な狭さは、かえってその狭さゆえに、主題的な幅の広さに道を譲り、豊富な切り口で、このお通夜前の夕方の集約された時間を意義深い、色彩の濃いものにしている。

観劇しながら、小津安二郎の映画を何度も思い起こしたのは、偶然ではない。作者にも、演出家にも、この映画監督の存在は、つねに片隅にあったであろう。普遍的な人間性、家族、そしてフランスという国。

抒情的なものが極端に省かれ、つねに差異を見つめるまなざしにあったことで、この世界がどんなものであるのかを楽しみながら学ぶことができた。
作者が日本人であること、公演の場所が日本であることから、この上演は日本人の立場から見た差異となったのだろう。たとえば、この公演がフランスで行われているときに、フランスのお客さんはどういう視点を、この上演に確保できるのか?それを想像するのはなかなか難しい。葬式の段取りひとつ、ほぼ知識もなにもない観客に飛び込んでくるものは、日本の文化的風土に育った人間には笑いとなるようなものであっても、まったくの異物にしか思えないのではないか?それとも、フランス人夫婦のような、驚きながらも、理解する態度をとるのだろうか?

さて、わたしたちは、ここからどこへ行こうとするのか?この点がはっきりと打ち出されていたことが、カリカチュアに終わった葬儀屋の存在も、風俗の説明的な会話も、にわかにフランス人とは(もしくは人間とは)信じられないようなおとなしさも乗り越えて、意義のある成功した舞台につながったのではないだろうか?
おもしろかった。観劇でこういった知性に訴えかけるものに出会ったのは、久しぶりだ。

作:平田オリザ 翻訳:ユタカ・マキノ
演出・美術:ロラン・グットマン