ここしばらくは風邪で寝込んでいたし、まだ咳きこんで回復していない状態だから、外出する時はなるべくおとなしくしている。 道路をふさいで話しこんでいるおばあさんたちの脇をそっと通り抜け、角から勢いよく飛びこんでくる自転車に乗ったにいさんも睨まず、駅をゆっくりゆっくり歩く人たちにもいらつかず。 優しくなってみたよ。 はは、優しいだってよ。 もともと冷たくはないけど、見込みのない人には優しくないぼくなんですよ。 性格が完全に曲がっている人、そしてそんな状態に陥っているのを気づかない人には。そんな性根の悪い人とは友達どころか、知り合いにもなりたくない。きっぱり拒絶する。 自分と親しい人は、そんなことないのだよね。 また、自分の友達は少し大目に見てしまうのが人間というものでしょう。 だから案外、そんな性根の悪い人たちを友達として接するようにすれば、優しくなれるのかも。 世の中には、いい人、気持ちのよい人、性格の良い人、気持ちよくさせる人、和ませてくれる人が、ぽつぽついるんですよね。しかも、どんな人でも友達がいるなら、みんな、そんな心地よい接し方をしているんでしょうね。 それが、公の場に出ると修羅場になるから恐いよ、人間って。 車の中では気持ちいい人でありながら、路地を猛スピードで駆け抜ける運転手だっている。 仲間うちでは、はきはきしていても、コンビニのレジ前に立つと尊大な客になる人もいる。 たばこ欲しいのに、ぼそぼそと銘柄を言って、聞こえないと怒る。 サークルのノリで駅前で円陣を組んで、反省会をする大学生。 すべての人に気持ちよく接することは無理だけど、友達以外にも、最低限接する人には、気持ち良い人間でありたいよね。嫌われることは嫌いだからね、誰でも。 きっと不可能な幻想なのかもしれない。でも、小集団ではよく起こることだし、中集団にだって起こりうる。 初めて行った地方の村で、朝通りすがりの小学生から「おはようございます」と声をかけられて、こちらもあいさつをかえす感動は忘れられない。 単に物の売り買いをしているときの、売り手と買い手の両者の「ありがとう」ほど、お互いの気持ちをよくするものはない。 今日は、風邪を利用して、優しくなる練習をしていたわけだな。 でも健康じゃないから、優しくなる体力がなくなったかも。 優しくなるに