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エミリー・ディキンソンの詩

あけましておめでとうございます。 不定期でいつ更新されるかわからないブログではありますが、ちょっとずつ更新しようかななんて思っています。 演劇の公演も終わり、また瞑想・迷走・(名僧?)の時期がやってきました。この冬を乗り切るには、いろんな薪をたくわえておかなければなりませんね。勉強あるのみ。知らないこと・初めて見ることなどに新鮮な気持ちで向き合いたいものです。 というわけで、またいろんな本を読んでみようと企んでおります。 いくつか気になる作家の作品を読もうと思って、まず急にひらめいたのが詩を読むこと。大学生のときは詩ばかり読んでいたような気もします。自分で詩も書いて、出版して印刷し、近い人10人くらいに配布した恥ずかしい思い出もあります。なんであんなことしたんだろ? 前々から好きな短詩というジャンル ♪ ♪ ♪ もし私が一人の心の傷をいやすことができるなら 私の生きるのは無駄でない もし私が一人の生命の苦しみをやわらげ 一人の苦痛をさますことができるなら 気を失った駒鳥を 巣にもどすことができるなら 私の生きるのは無駄ではない ♪ ♪ ♪ エミリー・デキィンソン(中島完/訳) こちらの本から抜粋「 自然と愛と孤独と エミリー・デキィンソン詩集 」国文社 エミリー・デキィンソンは19世紀のアメリカの女流詩人です。すてきな詩を残しています。 参考に ウィキペディア 紹介したブログもあります。 いやしの本棚 。 しばらくディキンソンに取り組んでいこうかなと思っております( ˘ ?˘)? で、おそらく同時並行してプラトンあたり… 吸収吸収、勉強勉強。 がががががあ・・・

詩(その5)

もうここらへんで詩について書くのはやめようと思う。詩を書いていたときはそれが日課のように取り組んでいたのだが、書かなくなると、再び思い出したようにペンを取っても、勘を取り戻すのに時間がかかる。楽器をやるにしても、詩や小説を書くにしても、毎日継続することによって可能になるものがあるのだな。書かなくなって8〜9年になったのに、なぜ今頃持ち出したのか?それは謎である・・・ 小説や詩や戯曲を読んでいて、なぜだかわからないが、ある部分にくると突然文章の宝が豊かに流れ出すことがある。作者も乗りに乗って書き綴るのだろうか、緊張感もリズムも見事につながっている。 たとえば井原西鶴の『好色五人女』のなかのお夏清十郎のくだり。話の結末を語り、しめくくるときの西鶴の筆は感傷味を帯びながら淀みなく流れる。 近松門左衛門の『曽根崎心中』の道行の場面なんかは文章も情感も流れるように続いていく。 昨日書いたキーツのオードのうちのひとつ『ギリシャ古甕のうた』も同じように情感の盛り上がりがある。 『ギリシャ古甕のうた』より おまえは いまも穢れのない静寂の花嫁 沈黙と 緩やかな「時」の歩みに育てられた子ども われらの詩よりも さらにうるわしい花の物語を このように語り伝える 森の物語詩 テンペの楽土や アルカディアの谷間に住む 神々や人間の あるいは神人の 草の葉に縁どられた どんな物語が おまえの甕に描かれているだろう これは どんな人と神であろう また どんな恥じらい多い少女たちであろう どんな狂おしい求愛が また その愛を拒む どんな抗いがあろう どんな笛や どんな鼓が また どんな烈しい法悦があろう (J.キーツ、出口保夫訳) このあと詩も高揚してくる。キーツといはいえ、すべての詩に高揚があるわけでなく、そんな高揚した詩は稀なことなのかもしれない。しかし、詩人はそのような奔流のように流れるものを求めて、日々書き綴っているのかもしれない。演劇にしても同じように、なぜだか突然流れ出る勢いを意識的に作り出しているのかもしれない。 次の詩は、そんな奔流のような情感はないのだが、作って、何度も何度も推敲・書き直ししているときは、緊張感が持続していた記憶がある。 『ドミノ』 まるで こどものように 希望のドミノを並べるが いくら注意をしても...

詩(その4)

もう意地をはっているかのように詩について書き綴っているのだが、しばらく詩から離れていたので、いろいろと思い起こすこと、再確認することが多くて楽しいわ。 19世紀、英国の詩人ジョン・キーツの詩は、大学時代によく読んでいた。その生きざま、そして残された詩の完成度から、忘れられない。といっても一字一句憶えているわけでないのがミソで、しかも英語で憶えているわけでもないところがうさん臭くはある。しかし、いくつかのオード、ソネットには、耽溺して、寝ても覚めてもその詩のイメージを思い浮かべていた。 思うに、抒情詩を読み聞きするときに根本にあるのは、共感ということではないか?どれだけ奇抜であろうと、どれだけ前衛的であろうと、どれだけ情感にあふれていても、読み聞きする側がそれを好み・愛さない限りその抒情詩は心に残ることはない。非常に個人的な環境・その時期の状況などによって、抒情詩が琴線にふれるかふれないかは変わってくる。詩と受け手の実人生が幸福な結婚をするときに、詩は俄然色彩豊かになってくる。 キーツの詩、キーツの人生にぼくの人生が重なっていたのだろうな、当時は。キーツといえば「美は真であり、真は美である」と言い切り、ぼくはそれに酔いしれていたのかもしれない。美しくあるためには外見を飾るのではない、中身を豊かにしていくことが必要だ。滑稽なことにいろいろなものに美を見出そうとしていた。今日の夕日はとてもきれいだったが、当時のぼくはそんな夕日に涙も流していたのかもしれない・・・ハハハ・・・ 思わず追憶に浸ってしまった。恥ずかしい。 ま、そんな時期に作った詩をひとつ。 (無題) こどもの頃に許せなかった 酒の匂いと浮かれ騒ぎを いまはみずからすすんで求め あんなに嫌な裏切りさえも 頭を下げて謝られれば 顔を上げてと言わねばならぬ ぼくが嫌ってはねつけていた あの習慣も この欲求も あの考えも この人間も すべてを許し 苦い顔して 肩の震えを抑えたときに いったい ぼくの生とはなにか

詩(その3)

恋をすればだれでも詩人になるとは、よく言われることで、恋愛詩は詩の中の花形であるということはぼくの思い込みだろうか?それほど、恋愛は重要で美化したいものであることは確かだ。恋をして善良にならなければそれは恋ではなく、また、詩に意地悪の入る余地はない。恋愛詩は善良で素直であるからこそ、苦痛を歌ったり、豊かな喜びを歌うのであろう。同じく恋をする人は、意地悪くなれないからこそ相手の懐に身をまかせる覚悟があるのだろう。 数多くの詩人が愛を歌い、愛しか歌ってないかのように思えるのは決して不幸ではない。ハイネが砂浜に夕日の筆で「あなたを愛する」と書くのも、ダンテが恋人を天国に連れていくのも、サッフォーががけから飛び降りるのも、みな現実に恋をし、恋を表現することで決着をつけたのであった。 これらの作者は詩を書くことで死を免れたのかもしれない。実際、人間はいつまでも感情のくすぶりのなかでは生きられない。それから逃げるか、否定するか、決着をつけるかしなければ・・・ 俳優の卵は自分が悲しくて泣いたときも、その感情を記憶しようと意識が働くし、もしかして泣いているときもふと鏡でチェックしているかもしれない。恋愛をして、詩人として詩を書き続けている人も、もちろんそんな意識が働いているに違いない。自分の熱烈な経験を、詩をかく材料にする、それは少しも不純でない。かえって詩になったからこそその恋愛が意味を持ったのかもしれない。 個々の恋愛はたいしたものでなくとも、それを昇華させた恋愛詩には価値がある。 こんなぼくも恋愛をして、それを詩にした。ぼくの恋愛はどうでもいいことだが、残った詩は何十年か後に自分で振り返ることもできるし、ぼくという固有名詞をはずして考えることができる。実際、今、苦々しく読んでいるのだから。考えが未熟でも、表現が幼稚でも、それなりの自分がいたことは確認できる。そんなのでいいのかもしれないな。 『ざれごと』 やけに落ち着く 外は雨 思いはすぐにあの人にとぶ 今日は何をしているか そしてわたしは何をすべきか やさしい顔が目に浮かぶ あのときこんな話をしたな あんな相づちうたないで そっと好きだと言えたはずだが また繰り返し日が沈む ためらいでない 待っているのだ 恋が私に腕を貸し 不純な汚れを消し終わるまで

詩(その2)

やけに詩づいているというわけでもないが、せっかく詩のことを書いたから、調子にのって(?)続けてみたい。 まあ、そんなに詳しくはないし、系統立てて勉強したわけでもないので、好きな詩人には偏りがあるのかもしれない。翻訳の詩も同等にみなすので、翻訳のときは詩の音楽的な要素をぼくは考えていないのかもしれない。 物語詩というものを追求したことがあった。書き始めてかなり初期の頃だ。プーシキンやハイネ、ゲーテ、シラー、バイロンなどを読んだ。ホメロスの『イーリアス』もそういうわけだし、シェイクスピアの劇だっていってみればそういうわけだ。物語を詩で語る、詩の音楽的な響きの規制のもとで、物語を綴っていくということに興味を覚えた。そしてかなりの大作ができたんだな。その当時も今も、この作品には思いいれがあり、物語は陳腐だし表現は拙いが、何度も何度も推敲し手直しを加えたこともあって、その当時のぼくのレベルでは完成度は高いと自負している。でも、ここには公表しな〜い!! そして12行詩というのにも凝った。なぜ12行なのかは知らないが、シェイクスピアのソネットしかり、ハイネや立原道造もしかり。抒情詩があまりくどくもなく、俳句・短歌のように短すぎもなくという、ベストな長さで読みやすかったし、憶えやすいのかもしれないな。12行を3,3,3,3で割るとか、4,4,4でわるとか、4,4,2,2で割るとか融通もきくし。 ぼくの詩をひとつ。というか、人の詩をそのまま載せるのは著作権などで問題なんだよね?自分のだったらかまわないわけさ。 松尾芭蕉もこんな雑文にはさんで俳句を披露したっけな。 (無題) 怒りでふりあげた右手が 次第に抑えられなくなり そのうち容赦しなくなり きれいに思えたものにまでふりおろされた 何でも捨てたゴミ箱が 楽しんだおもちゃでいっぱいになり そのうち昔の手紙があふれだし いとしく思えた愛情まで見つけだされた ぼくがぼくをとがめる心は 今までもずっと無力で いつまでも無力なままで とうの日にどこかに置き忘れたかと思っていた

詩

今日は念願の部屋掃除をした。 まあ待ちに待つのはいいのだけど、別に待たなくてもいいからさ。部屋はちらかっていて、これ以上足の踏み場ができるかというぐらいだったのだから。要は放り投げておいたというわけだ。 それを今日は思い切って・・・ 部屋掃除をするとうれしいのは、きれいになることはもちろんだが、なくしたものが見つかることが大きい。ま、部屋掃除ぐらいで人生で失ってしまったものを見つけるわけにはいかないが、それに近いことはまれにある。 なくしてしまっていたわけではないが、棚の上に置いたまま放置されて久しい、ぼくが以前書き溜めていた詩の書類に気がとまり、読み直してみた。 それを書いていたのは22,3歳のときで、何を思って書いたのかは今でもはっきり憶えているし、かなり本格的に意図して書いていたのだが、今読むと気恥ずかしい。しかし、そんな恥ずかしさも超えて、ひとつの作品としてまた接してみると、新たな発見もあっておもしろい。 それらの詩からひとつ。 (無題) あまりに遅刻が多すぎて ぼくにはもはや席がない 恋愛にせよ 流行にせよ 職業にせよ 空いてる椅子が見つからない 廊下でバケツをもちながら ふと 人生をふりかえる 悲しみだけか 苦しみもまた 諦めまでも ぼくの両手をふさいでいる ようやく許され 教室に 説教されつつ入れられる 友達もいて 好きな子もいて ストーブもある それでもやっぱり席がない

山椒大夫(4)

先日は、現代の山椒大夫とは何かを考えたが、今日は、現代の安寿と厨子王は何かと、自信はないが、考えたみたい。あくまで、森鴎外の『山椒大夫』でなく、溝口健二の『山椒大夫』として。 まず、安寿と厨子王は何をしたのか? 父親の失脚で、母子で父の元に向かう旅をする。人買いに捕まって、母と離れ離れにさせられる。丹後の山椒大夫のもとに奴隷として放り込まれる。素性へのプライドは子供心にもあって名前を明かさない、これは鍵となることである。あとで述べる。 山椒大夫のもとで長年は酷使され、身も心もぼろぼろになる。ようは人間でなく、非人扱いなのだ。厨子王は環境に順応して、山椒大夫に反抗するのでなく、かえって手先として利用される。安寿はあくまで、入ってきたときの屈辱と現状の奴隷たちの悲惨さで反抗心を残している。二人とも成人として成長している真っ只中の青年なのだ。この山椒大夫の領地で働かされている他の奴隷たちも、あるものは順応し、あるものは無感覚になり、あるものは牙を隠しながら耐え忍んでいる。 母の便りをふとしたことから知って、安寿はもとの幸福を取り戻そうという気持ちになる。安寿は厨子王を改心させようとするが、長年の環境の垢はなかなか落とせない。瀕死の同僚を捨てに領内の山に行かされる機会から、安寿は厨子王を逃亡させる。厨子王はここで改心して、その同僚を背負い山向こうの国分寺に駆け込み、山椒大夫のもとでの隷属状態を中央に訴えようとする。安寿は厨子王を逃がすため時間稼ぎをして、みずからは入水自殺をする。厨子王はそれを知らない。 開放された厨子王は時の政権の有力者に直訴するが、不審者としてつかまってしまう。が、そこで警備の者に没収された、父親の形見の観音像のおかげで、素性を知ってもらえ、丹後の国の国司の地位が空いていたので、国司となる。このあたりの環境のめまぐるしさは不自然なのだが、劇的なテンポによる誇張と解釈できる。実際なら、そんなに簡単に早く国司になるというわけにはいくまい。 国司になった厨子王は、山椒大夫をつぶし、安寿を助けにいく。山椒大夫をつぶすということは、中央の有力な政治家に喧嘩をうることで、自分の国司の地位はすぐにはずされることを意味する。しかし、厨子王にとっては国司の地位など問題でなく、ただただ、山椒大夫をつぶし、安寿をはじめとする奴隷を解放することが重要なのだ。結局、...

山椒大夫(3)

溝口健二の『山椒大夫』を語って3日目になる。 昨日は、山椒大夫について書いたので、もうひとつの鍵となる「引き離された家族」のテーマについて考えてみる。 厨子王や安寿の父親である平正氏は武士が台頭してきた時期に、領民を守るための理想主義によって筑紫に左遷される。ここでひとつの離散。 そして筑紫に向かって、母子3人と乳母を連れた無謀で非力な旅が始まる。その途中、越後で人買いに捕まり、母子は別れ別れになる。母は佐渡の遊女宿へ、兄妹は丹後の山椒大夫の荘園に、そして乳母は越後の海に沈む。この距離的な遠さと、ぬかりなく行き先の決まっている犯罪は、人身売買の組織網の広さを物語っている。 山椒大夫のもとで月日を送った安寿と厨子王は、新入りの奴隷の歌う歌で母の存在に思いをはせたことで逃亡を企て、厨子王を逃がすため、安寿は時間稼ぎをして、兄妹は離れ離れになる。厨子王は生きて中央の政治家に請願するが、安寿は別れた後に入水する。 ひとりまたひとりと家族は別れていき、まだつながっているものに望みをかけるかのように、物語の重心は、引き離されていない者たちに移っていくのだが、最終的には家族四人ばらばらになる。 幸運だったのは、たとえ四人が離散しても、それを引き止めるかのように、家族を求心的に引き寄せる強い力が作用していたとうことだ。それは、陸奥から筑紫までの無茶な旅にはじまり、父親の残した言葉、母が遠くで呼び続けた歌、いち早く山椒大夫を倒して妹を救いにくる厨子王の行動、父と妹の死を知った厨子王が母を訪ねる行動に表れている。とりわけ、父親の言葉と、母の呼び声のモチーフは反復されて、安寿や厨子王を目覚めさせる働きもしている。 実際、越後の浜辺近くでの枝折の場面で、母の心配する呼び声は子供たちにも届いており、その呼び声の聞こえる範囲内でしか、安寿と厨子王は行動しない。直後の夜の場面では、二人はすっかり母のもとに戻って安心している。その呼び声が時空を超えただけの話で、離れ離れになった二人の耳に、母の声は他人の歌声を借りて再び伝達する。逃亡の場面では、安寿の幻聴という手段で伝達する。最後の佐渡での厨子王の途方にくれた耳には、すぐ近くにいるのに声といった伝達というよりも、存在の伝達という手段で居場所を告げている。逆説的に、厨子王が言葉でいくら母に境遇を語っても、母はなぶりものにされるのを恐...

山椒大夫(2)

山椒大夫とはいったい何者なのか?現代の山椒大夫は? こういった問いを抱えながら、溝口はこの映画『山椒大夫』をとったに違いない。実際、当時の映画俳優がかけもちの仕事ばかりして、自分の映画に専念してもらえないのを嘆いて、プロモーターを山椒大夫になぞらえていた。 山椒大夫とは? 有力な政治家に庇護された資本家。狡猾な人間、それも中央の政治家たちの間でも手出しのできかねる知恵者。自分の荘園では奴隷をこきつかう。周囲に手下をもっていて、自分の手をなるべく汚さないで事をすすめる。残虐な刑罰の実行。奴隷の監視。人身売買の行き着く場所、つまり奴隷の労働力を買うところ。お金の出入りに対してうるさい。接待、賄賂、へつらい、それらによって見返りと自身の安全を期待する。法律と公的な規制を物ともしない、つまり、裏に有力な政治家がいるので、地方の国司が手出しをできないことを承知で権力をふりかざす。 まだまだいっぱい要素をあげられるだろう。こうして見てくると、現代にも山椒大夫が存在しはびこっているのが分かるだろう。そして、現代の山椒大夫はもっと狡猾に、もっと論理を巧妙に、また、もっと大規模に組織を作り上げて協力して複数で犯罪を行っている。そして、労働力が奴隷という名をはずされて、契約という名目で行われているから、民衆の隷属化がより自覚しにくい。 現代の山椒大夫ならどんな武器を使うのだろうか? まず、賄賂・へつらい・根回しによる身の保全は同じく欠かさない。また、資本力を増殖させることに対して手段を選ばないことは同じだろう。法律の間をくぐりぬけるために、現代では弁護士などの法律家を後ろに待機させ、公的な装いを見せる。組織を巨大化し仕事を分担することで、責任を分散させる。つまり企業化、ビジネス。マスメディアの力を利用すること、つまりは現代で山椒大夫が味方につけようと考えているのは、有力な政治家だけでなく、巨大な宣伝力と影響力をもつメディアとその周辺の有力者たち。20世紀の産業機械だけでなく、現代では全世界的なネットワークと標準化による戦略。石油などの利権。目に見えないところでの搾取。労働力の巧みな利用と、無責任な保障。また、より明確に、武器をもつ、武装する。それは理論武装にとどまらない、ミサイルをもつ。しかも、軍事産業というビジネスとして。 こうした山椒大夫が現代にも生きているか...

異化について

以前、ぼくは詩を作っていた時期がある。今から、10年くらい前だ。そのときは何かひらめくとすぐにメモをとり、その言葉や意味を記憶させようとしていた。たいていそんなひらめきは使い物にはならなく、後々見かえしても何を意味しているのか分からない理解不能な単語も登場する。書き連ねている瞬間だけに通用する興奮をともなったひらめき。 詩を作っているときは特に考えたのは、日常的な感情や考えの単純さをどうやって輪郭づけして際立たせるかということ。普段なら自動的に連想してしまうイメージを遮断して、別の象徴的なイメージに結びつけるかということ。何気に難しいんだ。人間、何の気なしに、無意識に自分の経験や過去のイメージを保存しているようで、そこにたどり着くのを安心し、安住してしまう。言葉遣いもマニュアル化してしまう。そこをいかに断ち切るかにかかっている。 なんでこんな話を持ち出したかというと、異化ということばに引っかかっているからだ。演劇の世界では異化といえばブレヒトにいきつき、そのブレヒトの異化理論というものの有効性を確かめたい。 異化、つまり特殊化。強調。距離を置くこと。非日常化。 インターネットで時折音つきのサイトがあり、そこを開いたときに、はっとする。それも異化というべきか。 和やかな談笑の場に、深刻な顔をした人が入ってきて、ある人の亡くなったことを告げる。そんなときも日常的な次元から急速にある次元に飛んでいく気がする。これも異化だな。 通勤途中に見たのだが、急な坂を上っていた自転車がいきなり、ぐにゃ、と崩れ落ちる。荷重がかかりすぎてフレームが折れたのだ。これもびっくり。これはアクシデントか? 溝口健二の『祗園の姉妹』だったけな、最後に主人公が激しく慟哭しながら世の中に抗議をするときに、カメラが、ぬっと、一歩前にでる。そこにカメラの非自動化がある。 最近のテレビや映画ではすこぶる低調だが、サンシャイン劇場で『どん底』をやったときの仲代達也のサーチンが、酒を飲み込むしぐさ。手をひらひらひらひらさせながら喉元からお腹まで下ろしていく。これぞ異化だ、素晴らしいと思ったなあ。 夏目漱石の『それから』で代助が勘当されて電車に乗って赤いものに極度に敏感になり、増殖していったのも、異化といえるだろうか? 結局、結論はでないものだ。さまざまな例を感じ取りながら、この難しい...

恋のエチュード

恋に関する寄せ集め 「恋が専制君主として心を支配するのでなければ、すべてが恋のために犠牲にされるのでなければ、それは恋ではない」 (スタンダール) 恋をする人間は、仕事も遊びもそっちのけで、つねに恋のことを考えているらしい。そして、同じ考え、同じところを堂々巡りするらしい。それはひとつの輪舞かもしれぬ。 「恋から逃れようとするものこそ、真に恋するひとである。しかし、詩人がうたっているように、かれはキューピットの矢を胸につきさしたまま、逃げているのである」 (アラン) ふむふむ。それでそれで? 「ドールン:なんてみんな神経質なんだ!なんて神経質なんだ!それにどこもかしこも恋ばかしだ。・・・おお、まどわしの湖よ、だ!」 (チェーホフ) ぼくがコメントするはなにもない。今は春。生命が生まれ変わろうとしている時期。季節がすべてを説明してくれる。その後ろをくっついて歩けばいい。 「役者である前に、人間だ!」 (誰の言葉だ?・・・恋する役者に向かって言ってみたら?) 「最愛の人に。 あなたがいなくても、ぼくが少しでも幸せになれるような手立てを作り出してくれないでしょうか?刻一刻と、あなたに心を奪われていきます。それ以外のもはことごとく、ぼくの口には、もみがらみたいな味がするのです」 (キーツ) こんなぼくも恋をしたことがある(・・・って過去形かよ?)。そんなとき世界はバラ色でもなんでもなく、まったくの暗黒のように思えた気がする。そこにひとすじの希望が差し込んで、またその糸のような光線にすがって生きていることに、いいようもない幸せを感じたのかもしれない。恋をする人間に幸あれ! 次の詩は、ぼくが熱に浮かされていたときにしたためた恋のエチュードであるらしい。なんでまた、ひっぱりだしてきたのやら・・・ 戯言(ざれごと) やけに落ち着く 外は雨 思いはすぐにあのひとに飛ぶ 今日は何をしているか そしてわたしは何をすべきか やさしい顔が目に浮かぶ あのときこんな話をしたな あんな相づちうたないで そっと好きだと言えたはずだが また繰り返し日が沈む ためらいでない 待っているのだ 恋がわたしに腕を貸し 不純な汚れを消し終わるまで