強い人の論理というものがある。立場的に強い人が論理をふりかざす。その土壌では、弱い立場の人間の論理が通用しない。強い立場の者に、弱者と同じ権利を与えてしまうと、両方の論理が相殺されて、両成敗ということになってしまう。
都会の幹線道路を見れば分かることだが、片側3車線もの道路がありながら、歩行者は肩をぶつかりながら歩道の上を歩かなければならない。自転車は、車道に出れば自動車に脅かされ、歩道に入れば歩行者を脅かす。自動車にはクラクションがついて、気軽に邪魔者を排除する。歩いている者が遠慮する商店街ってのは何なのだ?
アメリカの3大自動車会社の会長が、米議会の公聴会に呼ばれて詰問されたニュースが話題になった。従業員のリストラは千人規模で行いながら、自分たちはジェット機で議会にかけつけ公的資金を要求するとは、冗談のつもりか。会社を守るために人を切るというのは、論理として成立はすれども、それを認めるのがはたして正しいことなのか。「おれも苦しいんだよ。分かってくれ」といった経営者の心情的な論理を理解してあげる必要がどこにあるのか。
ロシアの原潜事故で乗組員が起訴された。あれは原潜のシステムに問題があるというロシアメディアの疑念があがっている。乗組員はその不備を隠すための身代わりとして捕まったと。
母が2児を殺害した事件の裁判があった、広島高裁で、1審判決の懲役刑を破棄し執行猶予にしたそうである。裁判長は「経緯に同情を禁じ得ず、1審判決は重すぎる」と述べたそうだ。裁判ですら杓子定規の論理で裁定されることが多く、このような判決は珍しい。
「モンスター」な人たちは、自分が弱者のつもりでいても、権利をふりかざすことで怪物化してしまうことに気がつかないのだろうか。まだ市民のモンスターなら許せる。国家や組織の怪物が強権をふりかざすのは、どう対処すればいいのか。
都会の幹線道路を見れば分かることだが、片側3車線もの道路がありながら、歩行者は肩をぶつかりながら歩道の上を歩かなければならない。自転車は、車道に出れば自動車に脅かされ、歩道に入れば歩行者を脅かす。自動車にはクラクションがついて、気軽に邪魔者を排除する。歩いている者が遠慮する商店街ってのは何なのだ?
アメリカの3大自動車会社の会長が、米議会の公聴会に呼ばれて詰問されたニュースが話題になった。従業員のリストラは千人規模で行いながら、自分たちはジェット機で議会にかけつけ公的資金を要求するとは、冗談のつもりか。会社を守るために人を切るというのは、論理として成立はすれども、それを認めるのがはたして正しいことなのか。「おれも苦しいんだよ。分かってくれ」といった経営者の心情的な論理を理解してあげる必要がどこにあるのか。
ロシアの原潜事故で乗組員が起訴された。あれは原潜のシステムに問題があるというロシアメディアの疑念があがっている。乗組員はその不備を隠すための身代わりとして捕まったと。
母が2児を殺害した事件の裁判があった、広島高裁で、1審判決の懲役刑を破棄し執行猶予にしたそうである。裁判長は「経緯に同情を禁じ得ず、1審判決は重すぎる」と述べたそうだ。裁判ですら杓子定規の論理で裁定されることが多く、このような判決は珍しい。
「モンスター」な人たちは、自分が弱者のつもりでいても、権利をふりかざすことで怪物化してしまうことに気がつかないのだろうか。まだ市民のモンスターなら許せる。国家や組織の怪物が強権をふりかざすのは、どう対処すればいいのか。
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