昨日の時点で国会が空転していたらしい。政党が、我が党が一番という態度で差別化を図るというのは、気持は分からないでもないが、行きすぎると辟易してくるものだ。党利党略ばかりでは置き去りにされる者のほうがつらい。家電の販売員は自分の売りたい商品があってもバランスを保って、お客の指し示す商品もほめてくれるものだ。
国家斉唱の文科相発言や田母神論文など、強いもの言いが幅をきかせる昨今だ。国家を問題とすると、強制服従させる認識が働くのが政治的人間の悪いところだ。人種差別もそんなお粗末な思い込みから発生する。それが最近増えている気がするのは気のせいだろうか。自分の帰属しているものが確固たるものであってほしいという願い、それが増長する。自分の家族や会社をよく思いたいのは同情できる。行き過ぎると強弁でしかなくなる。
おうおうにして、人は自分の写真うつりを初めは驚きの目で見るものだ。そこで開き直るか、受け入れるかが分かれ目かもしれない。まだ写真うつりの問題ならかわいい。
国家認識という面において、ヨーロッパは飛躍的に変化しているように思える。EUという枠組みが良かれ悪しかれ変化のきっかけとなった。関連して、英語を話す国民がひと昔前と比べて、かなり物腰が柔らかくなったと感じたことはないか。日本の街角で出会う英語ネイティヴの人たちの、以前の横柄さが消えてなくなった。感じのいい人に変化している。日本の人を含め、国際的に変化している。
「井の中の蛙、大海を知らず」とはよく言った。井戸の中の蛙がガアガアと「私が一番」「誇りをもとう」などといっても、隣の住人には蛙がうるさいとしか感じ取れない。
雨の日になると蛙が道路に進出する。そのときの蛙くんは声など出さないで、黙々と地面を這いつくばって行動する。神々しいくらいだ。小さな井戸のために鳴いていてもしょうがないのだ。
国家斉唱の文科相発言や田母神論文など、強いもの言いが幅をきかせる昨今だ。国家を問題とすると、強制服従させる認識が働くのが政治的人間の悪いところだ。人種差別もそんなお粗末な思い込みから発生する。それが最近増えている気がするのは気のせいだろうか。自分の帰属しているものが確固たるものであってほしいという願い、それが増長する。自分の家族や会社をよく思いたいのは同情できる。行き過ぎると強弁でしかなくなる。
おうおうにして、人は自分の写真うつりを初めは驚きの目で見るものだ。そこで開き直るか、受け入れるかが分かれ目かもしれない。まだ写真うつりの問題ならかわいい。
国家認識という面において、ヨーロッパは飛躍的に変化しているように思える。EUという枠組みが良かれ悪しかれ変化のきっかけとなった。関連して、英語を話す国民がひと昔前と比べて、かなり物腰が柔らかくなったと感じたことはないか。日本の街角で出会う英語ネイティヴの人たちの、以前の横柄さが消えてなくなった。感じのいい人に変化している。日本の人を含め、国際的に変化している。
「井の中の蛙、大海を知らず」とはよく言った。井戸の中の蛙がガアガアと「私が一番」「誇りをもとう」などといっても、隣の住人には蛙がうるさいとしか感じ取れない。
雨の日になると蛙が道路に進出する。そのときの蛙くんは声など出さないで、黙々と地面を這いつくばって行動する。神々しいくらいだ。小さな井戸のために鳴いていてもしょうがないのだ。
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